緑に囲まれた禅寺

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巨盧山 東林寺(とうりんじ)

 本山は、京都宇治にある黄檗宗萬福寺。延宝8(1660)年、天端道恩禅師によって開山されました。相良第21代頼寛公夫人が輿入れの際に持参した仏の骨を祀った容器とされる仏舎利は県指定文化財となっております。西南戦争の時には、薩摩軍が最後の砦として本陣としたことでも知られています。

 また、黄檗宗本山萬福寺の開山隠元禅師(徳川4代将軍家綱公に招かれた明の渡来僧)によって伝えられた中華風精進料理『普茶料理』もご用意致します。普茶料理に関する詳細はこちらのページをご覧下さい。

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与謝野晶子鉄幹夫妻と勤王石(きんのうせき)

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 昭和7年夏、大雨のため当寺の境内土手が崩れ、梅の古木の下から7万個もの小石が出土。それは、開山天瑞禅師と開基心珠院と共に王政復古を祈願して墨書きしたもので、当時ニュースや新聞で話題になり、江戸時代に九州の片田舎の寺にそのようなことをした和尚がいたとは! と強い関心を持った与謝野夫妻は末娘の藤子を伴って当寺を訪れて、歌われました(下記)。

「西鶴が朽ちぬ草子を書きつるも 此の石の字も天和元年 鉄幹」
「橋を越え中川原を超え橋を越え 先ず見んとする球磨の禅院 晶子」

この時、地元の有志と17首もの歌を詠まれています。現在、その内12首の歌碑が人吉市内に建立されています。